次の日、お昼くらいに彼がわたしの家に来た。

ピンポーン、とチャイムが鳴り
わたしが玄関へ出ると
彼が幾分緊張した面持ちで立っていて

「あ、ちょっと待ってて」

と、再び車に戻ったのでわたしはリビングに戻った。

「手ぶらもなんだしと思って…」

戻ってきた彼の手には
ケーキ屋さんの紙袋があったので
わたしは途端に申し訳ない気持ちになって

「え、コウくんごめん…」

とわたしが言うと

「え、なに?行かなくなった?」

と彼が言ったので、

「うん、事情は説明するからまず座って」

とソファに促した。

コーヒーを淹れ、彼の隣に座ると
わたしは昨日のやりとりを彼に説明した上で
謝った。

「軽々しく会わせるなんて言ってごめん。
なんかさ、わたし、コウくんすごい大事にしてくれてるし、わたしのこと、
すっかり普通に付き合ってる感覚でいたけど
やっぱわたしたちの関係って
側から見るとこう言うことなんだよね。
ごめん、軽々しくうちにおいでとか言っちゃってさ」

「いや、うん、かえってごめん…」

彼はわたしを抱き寄せて言った。

「せっかくだから食べて」

彼が言ったので、わたしはちょっと見せてー♡と
彼が買ってきたケーキの包みを開けると

「それがアップルパイ1つしかなくてさ…
未都のお母さん好きだって言うから
もっと買いたかったんだけど」

彼の作業場の近くには
アップルパイが有名なお店があって
以前買ってきてくれたときに食べてとても感動したことがあった。

「そしたらどうせ今から実家に鍵を取りに寄るから
そのときにアップルパイ置いていこっか」

わたしは彼が買ってきたケーキの中から
アップルパイといくつかのケーキを選び、
残りは冷蔵庫にしまって

「こっちは後で食べよう」

と言うと彼はうんと頷いた。

元々今日、実家に顔を出すのは
妹の家の鍵を取りに実家に寄らなければならなかったので
どのみち行かなければならなかった。

「お腹空いた、先にご飯食べに行く?」

「いや、先に用事済ませたほうが良くない?
お腹空いて我慢できない?」

彼は悪戯っぽい顔でニヤニヤして言ったので

「大丈夫だよー」

とわたしはぷん、と不貞腐れてみせた。

30分ほど車を走らせて
わたしの実家に着くと

「何この家〜!立派!」

と茶化したように彼が言ったのでわたしはやめて、と言って車を降りた。

玄関ドアの前に10段ほどの階段があり、
玄関ドアを開けて母に声をかけると母が出てきて、
わたしは妹の家の鍵を受け取り母にケーキを渡した。

「今いるの?いいのかい?」

「何が?」

「会わなくていいのかい?
お父さんは居ないけど、
わたしだけでも会う?」

「いや、別にいいけど、
これケーキ。お母さんがアップルパイ好きだって聞いて買ってきてくれたから、
あ、
うちらが食べる分は抜いたから」

「えー、いいのかい?
わざわざ買ってきてくれたの〜…」

母はわたしに似て、
いやわたしが母譲りなだけだけど
ほっとけない性格なので
お父さんが会わないならわたしも彼に会えないと
言っておきながらとても彼を気にかけているのが手に取るようにわかったので、わたしは

「ほら、コウくん中学時代
わたしを送るお母さんが綺麗だったと言ってたから、少しでも若いうちに会わせたほうがいいかと思ってさ。
ちょっとだけ、玄関先に顔出す?」

と聞くと

「えー、わたし変でない?」

とわたしに似て単純な母は急に喜び始め、
そうだね、玄関でチラッとだけね、
と言ったので
わたしは急いで階段を降りて彼の車に駆け寄った。

「コウくん!ちょっとだけ顔出して!」

彼はえっ?えぇー!?と驚いて目を丸くしたが
わたしが
お父さんは居ないから!と言うと彼が車を降り、
二人でまた母の元に戻った。

こんな状況でもわたしはようやく母親に会わせることができて、嬉しかった。

母は彼にも、この前わたしに言ったような
みんなにバレないように、とか
怪しまれても友達だよで通せ、みたいな話をしていたけど
わたしは完全にアドレナリンが出ていたのか
興奮状態であまり記憶にない。

車に戻ると

「綺麗な人だね、しかも若いよね、
何歳?」

と彼が言ったので
71かな?と答えると

「えー若いよね。全然おばあちゃんって感じじゃない。
俺の目に狂いはなかったわー」

と言ったので、わたしは吹き出して変態!と言った。

妹の家は今、転勤でこの街を離れていて
その間父のポルシェを妹の家の車庫に入れていた。

わたしは妹の家から運ぶものを彼の車に積んだ後
見る?と彼に父の車を見せると
彼はすげぇ、と少し興奮して車をしばらく観察していた。

わたしは女なので
車のことはよくわからないが、
兎にも角にもポルシェがすごい車だ、と言うことは
それで最近知った。